種石悠

本紹介 『モンゴル帝国誕生 チンギス・カンの都を掘る』白石典之/講談社選書メチエ

 

 みなさんはモンゴルと聞いて、どのようなイメージをおもちだろうか?広い草原や建ちならぶゲル、あるいは日本で活躍するモンゴル人力士、歴史好きの方はチンギス・カンや元寇という言葉を思い浮かべるかも知れない。

 しかし私たちは、このモンゴルの成り立ちについて、よく知らないのではないだろうか。本書は、モンゴルの歴史のはじまりについて、分かりやすく解説してくれる。筆者は、新潟大学の白石典之氏。モンゴルの考古学が専門で、約800年前にモンゴル帝国の首都「ヘルレン大オルド」があったと推定されるアウラガ遺跡で発掘調査を続けている。2003年には、最優秀若手モンゴル学研究者として、モンゴル国大統領表彰を受けた。

 第一章「実像を追う」では、モンゴル帝国の誕生にまつわる謎を挙げ、それらの謎の解明に、なぜ考古学的なアプローチが有効なのか述べる。

 第二章「転機を読む」では、モンゴル帝国の初代君主チンギス・カンの人生のターニングポイントについて、中国の歴史文書を多用しながら説明する。考古学者でありながら、歴史文書についても触れるべきところは触れようとする、筆者の配慮がうかがえる。

 第三章「寒さに克つ」は一転して古環境の話になるが、興味深い内容である。チンギスが台頭した1190年頃の自然環境や気候について、歴史文書や遺跡で採取された樹木の年輪を手がかりに検討が進められた。その結果、九世紀中頃から11世紀はじめにかけて温暖で、12世紀後半になると寒冷な気候へ変化したという。チンギスが活躍した時代は、春から夏にかけて寒冷で、乾燥した気候だったというのである。

 また、モンゴル帝国の基盤となったモンゴル高原は、「極限環境の地」とされる。夏と冬、また昼と夜の気温差がとても大きく、さらに乾燥も激しいからだ。

 このように厳しい自然環境のなかで強大な王権が生まれた要因として、筆者は「草原力」と「遊牧知」を挙げる。草原力とは、ヒーリング効果や牧草生産力など、草原が多岐にわたって持つ能力のことである。遊牧知は、環境の悪化によって草原が受けるダメージを回避する遊牧民の知恵のことである。草原力と遊牧知の関係のなかに、モンゴル帝国繁栄の理由が隠されていると筆者は考える。

 第四、五、六章では、本書の主題である、考古学に関連した話が展開する。それぞれ、馬、鉄、道がテーマである。

 モンゴル帝国の軍事力を支えたのは騎馬軍団であり、馬である。遺跡から出土する馬具やよろいなどから、機動性を高めた「軽装騎兵」が組織されていたことがわかるという。

 鉄の入手と鉄器の製作も、モンゴル帝国の成立に大きな役割を果たしたようだ。アウラガ遣跡の調査の結果、チンギスが首都を置いてから最初に造った施設は、鍛冶工房だった。彼が、いかに鉄を重視していたかがわかる。

 首都の街づくりと、モンゴル高原の各地に置かれた生産拠点とそれらを結ぶ交通ネットワークの形成も、国作りで重視された。

 最後の第七章「故郷を慈しむ」では、筆者がチンギスの国作りのビジョンについて思索する。モンゴルの民の安全と繁栄のためにチンギスが実行したことは、今の私たちにとっても参考になるのではないだろうか。

 発掘調査の成果だけにとどまらず、歴史文書や古環境、民族学など、広い視野でモンゴル帝国誕生を描いた好著である。

(初出:北海道立北方民族博物館友の会季刊誌 Arctic Circle 105/2017.12.15)

2020.4.19

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