博物館と言語学 

津曲敏郎

 

 観覧者や利用者の立場を越えて博物館とかかわるようになったのは当館が最初だった。1991年開館まもなく資料収集評価委員を引き受けたが、まだ知識や経験も限られたなか むしろ勉強させてもらった。2度目は北大総合博物館で、各学部から選ばれる運営委員の一人として数年間おとなしく委員会に出席していたが、なぜか館長に推され、定年前の四年間を兼務した。そのころから否応なく、自分の専門である言語学と博物館の関係を意識するようになった。とくに、博物館におけるモノ(資料)とコト(情報) の関係が、媒体と意味からなる記号としての言語に比べられるのではないかと思った。どちらもセットになってこそ何かを語り、伝えることができる。それぞれ両者をつなぐのがヒト(ひろく組織、社会、あるいは技術)であることも共通している。

 だれしも自分の尺度でものを見がちだが、とりわけ記号の要件としての恣意性(媒体と意味の間に必然的関係がないこと) は、博物館資料にはあてはまらない(モノだけからある程度情報を読み取ることはできる)。つまりは、博物館にモノ(ハード)は不可欠だが、それはコト(ソフト)とセットになっていることが前提であり、両者をつなぐヒトもまた重要である、という当たり前の事実を再認識したに過ぎない。しかし、博物館における言詔学者としての立ち位置を自分なりに確認できたような気がした。

 そういう目で見れば、実は博物館と言語学に接点は多い。たとえば、失われつつあるものを保存するという博物館の基本的機能は、危機に瀕した言語の記録という現代言語学の最重要課題の一つにもつながる。資料を保存するだけでなく、そこから学び認識を広めること(とりわけ自分とは違うものの見方を知ること)、さらに保存資料を活用して未来に生かすということも共通の課題であろう。危機言語(方言あるいは伝統文化と置き換えてもよい) の維持・再活性化のうえでも、研究者と利用者のインターフェースとして博物館の果たしうる役割は大きい。博物館との3度目の出会いを機に、本欄では私の出会った北のモノ・コト・ヒトを紹介していきたい。

 

(初出:北海道立北方民族博物館友の会季刊誌Arctic Circle 103/2017.6.23)

2020.3.3

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