山田祥子

学芸員の調査余話

初めてのカイガン(前編)

平成24(2012)年夏、岡田宏明基金の助成を得てサハリンの調査に出かけたときのことだ。北東部の村ワールでの調査を終えてノグリキに移動した9月4日、現地の協力者が「カイガンに行こう」と誘ってくれた。カイガン(Кайган;第2音節に強勢を置くのでロシア語の発音はカイガーンに近い)――この地名を、それまでも何度か耳にしていたが、行くのは初めてだった。

ノグリキの町から南東へおよそ15km、カタングリという村近くの海辺に目的地カイガンがある。そこではサケ類があがるだけでなく、海沿いの湿った草地でベリーが採れるので、近隣の住民たちはこの季節、我先にと出かけて行くらしい。サケ漁にベリー採り! 北方民族博物館の学芸員一年目(当時)としても実に魅力的なフィールドだ。期待に胸をふくらませ、協力者やその親族、友人らとともに車で出かけた。

だが、目的地でサケやベリーより先に目に飛び込んできたのは、異様な人工の建造物だった。地平に、錆びついて赤茶けた巨大な建物が林立する。協力者に尋ねると、「昔、日本人が建てていった」ものだという。ここで「日本人」が出てきたことに驚いたが、後日、ここは戦前1920年代から日本の北樺太石油会社が石油を採掘したカタングリ鉱区にあたることを知って合点した。この建物はどうやら同社の石油貯蔵タンクだったらしい。

さらに、「カイガンというのは日本語だろう? どういう意味?」という協力者の質問にはっとした。「カイガン」とは、もしや「海岸」のことか! 日本語の「海岸」の意味を伝えると、協力者もなるほどと納得したようす。たしかに、この場所はオホーツク海の入り江に面した海岸、そのものだ。

後に『サハリン州地名辞典』*で、カイガンが日本語の「海岸」に由来すると明記されているのを確かめた。戦前、油田開発で滞在していた日本人が使った語が伝わり、地名として今日まで残ったのだろう。

だが、このカイガンに足跡を残したのは日本人だけではない。この後、私は協力者の案内で別の人たちの「足跡」を目にすることになる。(次回へつづく)

* Топонимический словарь Сахалинской области. С. Д. Гальцев-Безюк/ Южно-Сахалинск: Дальневосточное книжное издательство, 1992.

建ち並ぶ石油貯蔵タンク(2012年9月4日、ロシア・サハリン州ノグリキ地方にて、筆者撮影)

 

(初出:北海道立北方民族博物館友の会ニュースNo.92/2014.9.26)

2021.7.1

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