2008年4月4日 最後に- One who has a true wisdom
このホームページをはじめた時、あれもお話ししよう、これもお話ししようと考えた。が、本来僕はなまけものであること、また書きすすむにつれ僕が書いてもいいのだろうかと思える節も沸いてきた。なにしろ僕はアリュートではない。アリューシャンの海を漕いだこともない。ただ、さまざまな資料からアリュートのバイダルカを復元し、日本の海を漕いでいるだけだ。
極北に存在した数多ある伝統的なカヤックのうちいくつかを復元し、漕ぎ、その中から見えてきたアリュートのバイダルカについての僅かな知見をお話ししているだけだ。
十数年の間に三十数台のカヤックやカヌーを復元し、短い期間ではあるが、極地でイヌイットの暮らしを垣間見、またケベックの森で斧をかつぎ、蚊に追われアルゴンキンのカヌーを作った。そして五十台近いオリジナルのカヤックやカヌーを見たり、漕いだりしてきた。
しかし、しかしだ。やはりカヤックやカヌーについては彼らに、彼らの言葉で話して欲しい。彼らの土地に、彼らの暮らしの中に浮いているカヤックやカヌーを見せて欲しい。日本で何不自由なく暮らす僕の勝手な希望だけど、僕は切にそう願っている。
今回の復元の記録では他部族との戦という観点からの考察が大きくかけている。僕はそのことを十分に承知している。道具は戦のなかで変化、成熟する。だけど平和ボケしている僕には実感がともなわない。その点だけは如何ともしがたかった。
最後に、記録を読んで下さった方々、AlgalaXの名を授けて下さった大島稔先生、仕事の手をやすめ作業を手伝って下さった博物館の方々、機会を与えて下さった方々、また平田文典君の好意に感謝し筆を置くとする。
ありがとうございました。
私は英語が専門というわけでは全くないのですが、このすざわ氏の技の履歴が、万に一つでもアリュートの誰かの目に留まればと思い、非常につたない英訳を続けています。
手で考え手で働き、木に訊ね時に自らの身体に問いかける氏の手法は、思うにかつて地上にあまねく存在したより自足的な文化、より地球の生成に反しない生活の文化に普遍的だったものなのではないでしょうか?
その種の文化は、地球の全域でその存続が脅かされているか、あるいは既に途絶してしまっているというのがこの21世紀の現状です。悲しいかな、アリュートのバイダルカにまつわる文化と技術も、その全体像を復元することが困難なほど損なわれています。
私たちを取り巻く生活圏には人間の産物が溢れかえっていて、あたかも胎児のように極めて限定的なリアリティの内で生を営むほうがあたりまえに思われる時があります。がしかしその“シェルター”のそとに地球の生成の厳密なリアリティが存在していることは100年前も、1万年前も、そして100年後も1万年後も、決して変わることはないでしょう。21世紀的な人間の生活圏から外へ飛び出して地球の生成に身をゆだねる必要があるとき、私たちは己が手に、身体に、遺伝子に、かつて存在した知恵と思索を探し求める遡上の旅をしなくてはなりません。
すざわ氏のバイダルカ復元製作の記録は、その遡上の旅のありさまを具体的に指し示してくれます。風に、波に身をさらしその圧倒的なパワーに翻弄される時、その旅の可能性だけが、私たちに勇気を与え、先に横たわる道程を照らし出してくれるような気がします。
種子島、住吉にて 2008年3月30日
平田文典 <写真:サバニを漕ぐ平田文典 前から3番目>
2008年3月27日
扉のむこうに在るもの〜資料紹介
この記録でお話ししたことは、アリュートの作るバイダルカについて知るための、扉のありかを示しただけだ。
興味のある方は自分で扉に手をかけ、開け、作り、漕ぎすすむしかない。ここに紹介する資料は海図のようなものだ。バイダルカを知るにはバイダルカに直接聞くのがよい。資料はあくまでもバイダルカへ辿り着くための道しるべにすぎない
写真左から書名・著者・出版社の順で表記
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写真1.
アリューシャン黙示録/母なる大地父なる空・上下、姉なる月・上下、兄なる風・上下/スー・ハリソン著/晶文社 |
写真2.
アリュートヘブン、バトルオブアリューシャン、73回目の知床/新谷暁生著/須田製版 |
写真3.
◯極北の海洋民アリュート民族/ウィリアム・ラフリン著/六興出版◯モンゴロイドの地球(4)極北の旅人/米倉伸之編/東京大学出版◯ツンドラの考古学/ロバート・マッギ著/雄山閣◯エスキモーの民族誌/アンーネスト・S・バーチJR著/原書房 |
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写真4.
◯環北太平洋の環境と文化/北海道立北方民族博物館編/北海道立民族博物館◯北方民族歌の旅/谷本一之著/北海道新聞社◯北の言葉フィールドノート/津曲敏郎編著/北海道大学図書刊行会◯北方民族の船/北海道立北方民族博物館編/北海道立民族博物館
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写真5.
◯日本の博物館11北方の文化・北海道の博物館/講談社◯一枚の写真を追って・アリューシャンを行く/杉山正己/杉山書店◯コヨーテ3号・島を漕ぎ出で/スイッチ・パブリッシング
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写真6.
◯Archaeological Investigations in The Aleutian Islands/Waldemar Jochelson/The University of Utah Press ◯History , Ethnology and Anthropology of The Aleut/Waldemar Jochelson/The University of Utah Press ◯Unangam Ungiikangin Kayux Tunusangin/collected by Waldemar Jochelson/Alaska Native Language Center
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写真7. ◯Baidarka/George Dyson/Alaska Northwest Books ◯Form & Function of the Baidarka/George Dyson/The Baidarka Historical Society
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写真8. ◯The Little Kayak Book1-3、The Historical Development of Kayaks/John Brand/The Johae art Centre |
写真9. ◯Contributions to Kayak Studies/edited by E.Y.Arima/Canadian Museum of Civilization ◯The Bark Canoes and Skin Boats of North America/Edwin Tappan Adney and Howard I. Chappelle/Smithsonian Institution Press
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写真10. ◯Qayaq/David W. Zimmerly/University of Alaska Press ◯Qayaqs and Canoes/Jan Steinbright/Alaska Native Heritage Center ◯The Aleutian Kayak/Wolfgang Brinck/Ragged Mountain Press
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写真11.◯Alaska Native Art/Suzan W. Fair/University of Alaska Press ◯Alaska Native Arts and Crafts/Alaska Geographic ◯The Inviting-in Feast of the Alaskan Eskimo/Ernest W. Hawkes/Ottawa Government Printing Bureau ◯Craft Manual of Alaskan Eskimo/George M. White/Ronan Montana |
写真12. ◯Glory Remembered・Wooden Headgear of Alaska Sea Hunters/Lydia T. Black/Alaska State Museums ◯Aleut Art・Unangam Aguqaadangin/Lydia T. Black/Aleutian Pribilof Islands Association ,Inc .◯Aleut Basket Weaving/Kathy Lynch/Circumpolar Press
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写真13.
.◯Aleut Prehistory/Kathy Lynch/Circumpolar Press ◯Chugach Legends/Chugach Region/Chugach Alaska Corporation ◯The Aleut/Jenabe E. Caldwell/Best publisher |
写真14.
◯Tales from The Four Winds of The North/Dale DeAmond/LapCat Publications ◯The Wind is not a River/Arnold A. Grese/Boyds Mills Press ◯Bridge to RussiaThose Amazing Aleutians/Murray Morgan/Morgan press ◯Aleutian Sparrow/Karen Hesse/An Unabridged Production |
写真15. ◯Aleutian Adventure/Jon Bowermaster/National Geographic Society ◯The Bering Sea and Aleutian Islands/Terry Jhonson/University of Alaska Sea Grant; ◯Aleutian Echoes/Charles C. Bradley/University of Alaska Press ◯Wildflowers of Unalaska Island/Suzi Golodoff/University of Alaska Press
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2007年10月25日 パドルについて
今回復元するパドルは、このバイダルカと同時に1934年ATKA島で収集されたものだ。参考とした資料は(写真1)David W. Zimmerly(写真13)著・QAYAQに掲載されている図面だ。
先にもお話ししたが、全長510cm、幅52cmのこのバイダルカは、身長165cmくらいのアリュートが使ったと思われる。パドルのサイズは全長264cm、ブレード最大幅12cmだ。
材は檜の板目材を使った(写真2)。時にはこんな来客も訪れる(写真3)。
材に線引きし(写真4、5)鋸挽きしパドルの形をだす(写真6)。鉋、銑などを使い整える(写真7、8)。ブレードの横断面だが、よくご覧いただきたい(写真9)。
削り上がったパドルに彩色した(写真10、11、12)。
参考までにアリュートの他のパドルを紹介する(写真14、15)。
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写真1. アリュートのパドルでは珍しく、ブレード最大幅が12cmと広めだ。 |
写真2. アリュートのパドルのように、ブレードに表と裏がある場合は、木表・木裏の性質を考えて材取りしなくてはならない。 |
写真3. 羽黒蜻蛉は僕の仕事を熱心に観察する。 |
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写真4,5. 木目と喧嘩しないように材取りする。 |
写真6. 一見カナディアンパドルのブレードのようだが、断面は複雑だ。 |
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写真7,8. 鉋は農耕の匂いがする。銑は狩猟の匂いがする。いずれ道具の項でお話ししてみよう。 |
写真9. ブレードを横から見たところ、おいそれとは作らせてくれないのが、アリュートのパドルの特徴かもしれない。 |
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写真10,11. ブレード表面には峰がある。アリュートのパドルにしては珍しく、裏面は平だ。
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写真13.David W. Zimmerly氏。 |
写真14.1845年AKUN島で収集されたパドルの復元モデル。 |
写真15. ヘルシンキの博物館に収蔵されているパドルの復元モデル。 |
David W. Zimmerly氏には、カナダ東部ケベック州アルゴンキンインディアンの土地マニアキでお会いした。写真13のカヤックは、ドキュメンタリー映画「Nanook of The North」に登場する、ハドソン湾一帯で暮らすイヌイットのカヤックの復元モデルだ。二人乗りカヤックなみに大きな一人乗り用カヤックで、氏の話では45度まで傾いても転けないそうだ。
僕も空荷で漕いでみたけど、確かに左右の傾けには強く粘り、神経質にならなくても立ち上がることができた。全長は6mくらいあったが、カヤックの底が平だったので、静水面での取り回しは、大きさを感じさせなかった。パドルはパイン材(欧州赤松)で作られており、重かった。
このカヤックに200kg近い荷物や人を乗せ、氷の浮かぶハドソン湾を漕ぐ事を想像するだけで、僕には鳥肌がたった。
参考までにハドソン湾からグリーンランド北部・ポーラエスキモーの暮らす土地シオラパルクまで、直線距離にして2,000km以上ある。ポーラエスキモーたちの古いカヤックは、この写真のカヤックに似ている。
(ハドソン湾辺のカヤックのオリジナルは大阪の国立民族学博物館に、ポーラエスキモーのカヤックのオリジナルは愛知のリトルワールドに収蔵されている。)
こうして原稿を書いていると、David氏の奥さんHelga婦人が焼いてくれた、ルバーブのパイが美味しかったことを思いだした。
2007年10月19日 パドルについて
極東ロシア・シベリアからベーリング、アラスカ、カナダを経てグリーンランドまでの広大な極北地方で、数千年にわたりカヤックとパドルは作られ使われてきた。
さまざまな形のダブルブレードパドル、シングルブレードパドルが在るが、一般的には細くて長く、左右のブレードがシャフトに対し同じ角度で出ているアンフェザリング・ダブルブレードパドルが主流と思われている。
ここではダブルブレードパドルについてお話しする。
平均的なサイズは、ブレード最大幅が指4本〜手の平の幅、7cm前後〜10cm前後。パドル全長は身長や腕の長さなどを基準に、200cm〜300cm。が、もちろんもっと幅広のブレードや、全長が短い物や長い物も在る。
なぜ細くて長いパドルなのか?
通説では、・木が無いから ・作る技術が無いから ・強風の中を漕ぐから 等々と言われている。
【木が無いから】 確かに永久凍土地帯・ツンドラには、木は自生しないが、ツンドラの南には針葉樹林帯・タイガがある。またアラスカ近辺で言えばアラスカ南部・シトカ地方、あるいはユーコン流域にはトウヒの巨木が自生する地域もある。さらに南下しカナダ西海岸には杉の巨木文化もある。シベリアからの流木も同様に考えられる。ツンドラには木は自生しないが、海流に乗った木が流れ着く。交易品として木があった事も考えられる。
【作る技術が無いから】 先に紹介したアリュートバイダルカをご覧頂けば分かると思うが、作る技術が無いなどとは考えられない。広い極北には幅広のブレードパドル、シャフトとブレードを別々に組み合わせたパドル、また左右のブレードが違う角度のフェザリング・パドルも存在する。
【強風の中を漕ぐから】 確かにそうだろうが、今回制作したアリュートのパドルはブレードの長さが約80cm、最大幅が約12cmと、ちょっとしたカナディアン・シングル・ブレードパドル並みのブレードサイズだ。ワイドブレード・パドルでは強風の中を漕げないかと言うと、そうとばかりも言えない。幅の狭いブレードを持つパドルには、それなりの利点がありまた欠点もある。幅の広いブレードを持つパドルにも、それなりの利点がありまた欠点もある。同じく、ブレード角度の捩じれ、アンフェザリング、フェザリングについても同様な事が言えると思う。
【もう一つの理由。暮らしの道具としてのパドル】 一般的には論じられていないが、これが最も大切な理由ではないかと思う。それは音だ。かつて極北ではカヤックは狩猟に使われた。動物と人は双方の存在をどのように察したか?人はまず視覚だろう、次に聴覚か嗅覚だろう。動物はどうだろう?聴覚や嗅覚が人間よりはるかに優れ、視覚で捉えられない対象を認識できる。
パドルのブレードが風を切る音。ブレードから滴る水の音。気配を消して獲物に接近できる道具が必要だったと思う。
極北をハンターとカヤックで旅した時、それは実感できた。僕達が想像する以上に獲物に接近するのは難しい。また、コッツビュー湾で白イルカを捕獲するハンターも、音を立てないという理由から自作のカヤックを使っていた。
現在もカヤックで狩猟する、グリーンランド北部のポーラエスキモー達も、氷の割れ目にカヤックを浮かべ、静かにイッカククジラが来るのを待つ。インディアン達もブレードを水から抜かずに漕ぐ、インディアンストロークという漕ぎ方もする。暮らし、生きる、あるいは食べるという観点からの考察も大切と思う。
以上の事から、極北の人々は、暮らしの中で必要に応じ、何かを取捨選択し道具を作り出し、其の道具に相応しい使い方を考えだしたと思う。決して、「無い」、「出来ない」が主な理由ではないと思う。
2007年9月3日 アリュート・バイダルカのスターンについて
バウ同様、その特徴として取り上げられるスターンについてお話ししよう。
アリュートのバイダルカと、チュガチ、コディアクのバイダルカのスターンは構造、形状とも異なる。(いずれ、写真・イラストでその違いを説明する。)
写真1をご覧頂きたい。なぜこのような形状なのか?その理由はフレームとスキンの関係にある。フレームにスキンを張ると、必ずどこかでスキンのたるみがでる。様々な伝統的なカヤックは、それぞれ、そのスキンのたるみを取る工夫がされている。アリュートはこのスターン部でスキンのたるみを取っている。
スキンの縫い目はバイダルカの前後に走るが、スターンには横に走る縫い目がある。ここでスキンのたるみを取る。この空洞のエリアがあるから、アリュートのバイダルカは水に浮いた時に、スキンのテンションが増す。
船体布の張り方を説明した6月15日の項で、バウからスターンに船体布を引っ張ったとしているのはこの様な理由からだ。
写真2はアリュート・バイダルカのスターンについての、故・John D. Heath氏からのコメントだ。彼はデスクワーカーとしてではなく、フィールドワーカーとして1954年から伝統的なカヤックの研究・伝承をし、多くの論文・書籍・映像を残している。
話は変わる。昨今も思い出したようにスキンカヤックについての書籍が出版される。が、その大部分はHow to物が主である。そんな中で、現代に即し、我々が最も考えなくてはならないテーマを中心に据えた、書籍と映像を紹介しよう。(写真3)極北の先住の民たちが、自らの手で、自らの舟を再現し、自らの文化復興を行った記録だ。アザラシ皮の加工の方法など非常に参考になるだろう。
僕もこの書籍に紹介されている、カヤックやカヌーの現物を見た。至極熟練した物から、そうでない物まで様々だが、未来に希望をつなげる物である事は間違いないと思う。特にセントラル・ユーピックのFrank Andrew氏の作ったカヤックは素晴らしいの一言につきる。
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写真1. アリュート・バイダルカのスターンとその縫い目。 |
写真2. John氏からの手紙の一部。 |
写真3. QAYAQS and CANOESAlaska Native Heritage Center |
2007年6月20日 北方民族博物館にて その3 スキンへの塗装
綿布への塗装に使う塗料は、僕は水性、油性の防水塗料か、数種の油を調合し顔料や蜜蝋を混ぜた物を使っている。
今回は制作日数の都合で水性の防水塗料を使った。いずれの塗料を使う時も、注意する事は厚塗りしない事だ。薄い皮膜を幾重にも塗り重ねる。
綿布はたわむし、収縮する。それに塗料が追従しなくてはいけない。厚塗りすると、塗料皮膜にクラックが入り、水を吸う原因になる。
特にキールラインや縫い目は、何度も何度も塗り重ねる
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写真1.
薄く薄く塗料を伸ばしながら、塗り重ねる。
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写真2. なんとか期日に間に合い、担当の学芸員さん、女房ともどもホットした。 |
これでアリュートのバイダルカが完成した訳ではない。20〜30kg前後の重りを乗せ、漕ぎ手が乗り込み、海を行く時、はじめてその姿は完成する
2007年6月15日 北方民族博物館にて その2 船体布
完成したバイダルカの骨組みに船体布を張る。本来はアザラシなどの皮を使うが、手入れ、管理を考慮し綿布で代用した。アザラシの皮にしろ、綿布にしろ、ナイロン布にしろ、その素材の特性を活かして張る事が大切である。
まず、縦方向に綿布を張る。バウ形状に合わせ綿布を縫い、スターン側に引っ張る。綿布が伸び切ったところで、スターン側を縫う。(写真1)
次に、横方向に綿布を張る。コックピットに人を乗せ綿布の端を引っぱり伸ばす。(写真2)
伸び切ったところで、綿布に渡された糸を引き、締める。(写真3)何度か同じ工程を繰り返し、綿布を張る。(写真4)張りすぎると綿布が破れるので塩梅を見極める。
綿布の不足を縫い足し、(写真5)余分を切り落とす。(写真6)縫い足した綿布にも糸を渡し、引き、締め、張る。(写真7、8)
後はひたすら縫う。(写真9、10)縫い方は水を侵入させない縫い方、口を閉じる縫い方など様々在る。詳しくは当館を訪れ、現物を見て頂きたい。皮の縫い方と多少違うところもある。
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写真1. バウ側を縫い、スターンへ引っ張る。なぜかは後ほどお話しする。 |
写真2. 息を合わせ綿布を引っ張る。 |
写真3. 綿布を引きながら、糸を引く。 |
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写真4. 綿布を破らない様に! |
写真5. 縫い目は細かく! |
写真6. 切りすぎないように! |
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写真7. さらに引っ張る! |
写真8. スターン側 |
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写真9,10. ひたすら細かく、丁寧に、綿布を張りながら縫う。 |
写真11. ここも紐を引きすぎると綿布が破れるので注意する。 |
船体布の張り方や縫い方は、綿布とアザラシの皮では方法は多少違う。が、基本的な考え方は同じである。写真をご覧頂けば分かると思うが、集団で暮らし、お互い協力することが、バイダルカを作る上での大前提なのだ。
僕達が未来に伝えなくてはならない事は、バイダルカの形だけではない、また、その作り方だけではない。
アリュートのバイダルカを通し、アリュートの心を察し、どのように社会を構成すれば、軋轢や摩擦が少なく、個が尊重されながらも、規律ある世が築けるか、また、それらを学び、どう自分が属する社会に還元するか、それが最も大切な事だと僕は思う。
また本来、針仕事は女性の仕事である。どれだけ細かい縫い目で、丁寧に、水が入らないように縫えるかは、女性への評価につながり、あるいは愛情表現の一つであったと思う。
男たちは、荒れるアリューシャンの海にバイダルカで漕ぎ出し、家族のため、集落のため、真心を込め丁寧に縫い上げてくれた女性のために、命をかけて猟をしたのだろう。
伝えるべき事はそう言う事だ。僕はAlgalXの代弁者にすぎない。言葉だけが会話の方法ではない。
2007年6月12日 北方民族博物館にて その1 フレームの組上げ
僕達は北の柔らかな日差しの中、バイダルカを組上げた。ひたすら結び、縫った。
ここでは、言葉より写真をじっくりと見て欲しい。心にしっかりと留め置いて欲しい。
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写真1.
全体 |
写真2.
バウ上部 |
写真3.
バウ横部 |
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写真4.
バウを下から |
写真5.
バウ付近 |
写真6.
前部 |
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写真7.
前部 |
写真8.
前部 |
写真9.
コックピット |
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写真10.
コックピット前部 |
写真11.
コックピット後部 |
写真12.
コックピット補助材 |
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写真13.
キールの結び |
写真14.
ストリンガーの結び |
写真15.後部 |
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写真16.
スターン横部 |
写真17.
スターン上部 |
写真18.
全体前から |
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写真19.
全体後ろから
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写真20
完成したフレーム
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アリュートのバイダルカの特徴を語る時、二股に別れたバウや、特徴的なスターンのみが取り上げられる。しかしこれらの構造は他のエリア の伝統的なカヤックにも、形や方法を変え組み入れられている。
( 5月7日参照)
アリュートのバイダルカと、チュガチやコディアクのバイダルカ、あるいは他の伝統的なカヤックと明らかに異なる点は形だけではない。最も特徴的なのはその部材の組み方だ。写真では少し分かりにくいが、その部材の8割り以上が、点、もしくは線で接している事だ。アリュート以外のカヤックの部材は大部分が面で接している。
僕は、部材の点と線での組合せこそが、アリュートのバイダルカの最たる特徴だと思っている。 僕はこう思う。カヤックは一つの社会で、部材はそれを構成する人だ。面で接し、きつく結び合わされれば、摩擦や軋轢が生まれ息苦しく窮屈だ。点や線で接すれば、個として生きながらも全体を構成できる。伸びやかに生きながらも、社会の秩序が保たれる。僕はここに古いアリュートの人々の叡智と生き方を見いだす。
2007年6月9日 補助材などの加工
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写真1. スターン側に入れる補助材だ。キールとデッキストリンガーの間の突っ張り材となる。またその補助材の前のリブだが、他のリブより、堅く太い材を使っている。こうする事により、荒れた海でスターン部の余分な捩じれを防ぐ。 |
写真2 コックピットフープ支える補助材。コックピットフープとガンネルの間に収め、結ぶ。 |
写真3. ほぼ完成したフレーム。今回は当館で組上げるため、この段階で総てばらし、フレームを赤い塗料で塗り、我が家の工房から送り出した。 |
2007年6月6日 リブフレームの加工その2
12月15日に「リブフレームの加工」で解説したリブ材を曲げ加工する。曲げる方法としては、蒸す、煮る、焼く、噛むなどがある。僕は蒸す、煮る方法を中心に、材によっては焼く、噛むなどの方法を用いる。
今回は煮て曲げる方法を紹介する。カヤック本体にリブをあて、曲げる位置を記し煮る(写真1)。記しをした位置を基準に曲げる。火傷しないように注意すること(写真2)。写真3は最終仕上げの前だが、記しをした位置あたりで、半径5cmで90°くらいまで曲げないと、このバイダルカの本来のハル形状はできない。さらに、熱々のリブを急いで船体に収め、ストリンガーに沿うように、ふっくらと仕上げ(写真4)、クリップなどで仮止めし(写真5)、冷えたところでリブの余分を切り、ガンネルの穴に先端を収める。それぞれにリブフレームは微妙に形が異なる。全体のバランスを見つつ作業を進める(写真6)。
ほぼ希望のラインに仕上がったところ(写真7)。写真3と、この段階のリブフレームは形状が違う。穏やかな曲線ではない。
キールから初めのストリンガーの位置まではフラット、もしくはキールがあたる位置はデッキ側に凹むように。リブフレームがストリンガーにあたるところが、外に張るように穏やかな曲線となる。
このように仕上げた、このタイプのバイダルカなら、全くの初心者でも重りを入れずに静水面では乗れる(写真8)。
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写真1. 十分に熱いお湯で、材の芯まで熱が通るように。 |
写真2 一息に曲げるか、徐々に曲げるかは、材と欲しい形による。 |
写真3.この過程がまずいと、腰の無いフラフラなバイダルカとなる。 |
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写真4.ここを上手く処理すると、左右バランスの粘りのあるバイダルカができる。
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写真5.材が冷えきるまで、このような状態で置く。 |
写真6.とにもかくにも根気! |
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写真7.左右のバランスを出すこともさる事ながら、前後のバランスが最も難しい。 |
写真8.急遽執り行なわれた進水式。博物館の玄関先の水深50cm程度の小さな池だ。カヤックやカヌーに乗る時は、必ずライフジャケットは着用するよう、くれぐれも誤解の無いように。 |
2007年6月3日
コックピットフープの加工
本来は約5cm×2.5cm×1mの材を2枚準備するが、今回は手元に適当な材が無かったため、5cm×1.2cm×1mの材を使い、スプレースカートを掛ける部分は1.2cm×1.2cm×1mの材で補った。
使用する材は板目の、ヒバ、檜などが好ましい。
アリュート・バイダルカのオリジナル・コックピットフープは楕円形で、2枚の材をスカーフ継で作る。丸形や卵形は無い。コックピットフープの形状でアリュートとチュガチ、コディアクのバイダルカは判別できる。
所定のサイズに加工した材を水に漬け、十分に水を吸わせ、材を柔らかくする。その材を蒸す、煮る、焼く、噛むなどの方法で、希望の形に曲げる(写真1)。
曲げた2枚の材を合わせ、所定の位置に置き、欲しいサイズに調整する。(写真2)。
接合部を写真3の様に鉋などで整え、木釘を打ち余分を処理し、写真4のように糸で結ぶ。
スプレースカートを掛ける材を、結びつけたコックピットフープ(写真5)。
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写真1. 木目が良ければ一息に曲げられるが、木目の悪い材は徐々に曲げる。 |
写真2 今回は約65cm×48cmの楕円形。 |
写真3.木釘は交互に向きを変え打ち込む。 |
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写真4.木釘の上にから糸を掛ける。 |
写真5. この様な方法もあるが、本来は2.5cm厚の材から、スプレースカートを掛ける部位を削り出す。 |
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2007年6月1日 ストリンガーの加工
1cm×1.2cm×5mの材を8本準備する。いずれも木目が通り、節が無い事。それぞれ3分割する。分割する長さはキールの分割部とほぼ同じ位置とする(写真1)。
各分割部を写真2のように組み合わせる。
さらに各部材の断面が楕円になるように削り、結び合わせる(写真3)。
出来上がったストリンガーを所定の位置に収める(写真4)。
ストリンガーにしても、キールにしても、木が無いから短い材を組み合わせるのではなく、わざわざ長い材を分割し、組合せ、結び合わせる。荒れた海上で衝撃を吸収し、巡航速度を維持する。アリュートの知恵だと思う。
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写真1. 日本の製材事情では長材の調達は難しいので、短い材を組み合わせても良いと思う。 |
写真2 約6cmの長さで鍵状に組み合わせる。
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写真3.伝統的なアリュートバイダルカのストリンガーは、断面は丸か楕円である |
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写真4. 型枠に仮止めする。 |
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5月
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