本書は、シベリア各地に暮らす12の先住民の食文化について、先住民の言語や口承文芸の研究者8人が書いたエッセイをまとめたものである。「魚」「肉」「植物」「乳製品・小麦粉ほか」という食材ごとの4部から成り、各部は6~11、全部で35の章から構成されている。食材ごとという構成も珍しいが、これによって「民族間の共通点と相違点が分かりやすくなることを狙った」とのことだ。
本書の特長は、まず、日本ではあまり知られていないシベリア先住民の伝統的な食文化や現在の食習慣について、詳しく記されている点である。執筆者はいずれもフィールドワーカー。調査地に赴き、現地の人びとと一緒に生活し、話を聞くのが仕事だ。料理そのものだけでなく、食材の集め方や下処理、加工方法などについて、現地で見たり、聞いたり、味わったりした料理を、それぞれの体験とともに自分の言葉で表現している。
本書のような構成の場合、民族が違っても、同じような料理があるので、下手をすれば単調な説明の羅列になってしまう。しかし本書では、無味乾燥な料理の紹介だけでなく、それに対する執筆者の反応や感想が添えられているので一気に親近感が湧く。例えばサケの頭を発酵させた料理について「日本酒にもよく合いそうな珍味である」(第2章)と表現されていたりすると、パッと味の想像をしてしまうのである。
第2の特長としては、言語学や口承文芸の研究者が書いているためか、食材や料理の呼び名に関する説明が詳しく、また関連する伝承や習わしなどの情報が添えられている点が挙げられる。例えばサハ語では、年齢や用途、性別によってウマが呼び分けられる。生後半年までは「クルン」、半年から一歳までは「ウバハ」といった具合である(第12章)。
第3の特長は、食文化の紹介だけでなく、それぞれに関連して執筆者たちが体験したエピソードが添えられている点である。特に衝撃的なのは、編者のお一人である永山さんが遭遇したアザラシのひれ足の発酵食品に関するエピソード(第16章)だろう。詳細は本書に譲るが、伝統的な製法を守らなかったために、大変な目に遭ったというものである。
全体を通じて感動的だったのは、一般人ならちょっと怯(ひる)んでしまうような料理でも、しっかり口にしてしまうというフィールドワーカーたちの態度である。魚や野鳥、野生動物・家畜の肉はもちろん、サケの頭やイクラの発酵食品、野鳥の卵、各種ベリー類やベニテングダケなどなど、現地で食べられているものなら何でも食べるらしい。「地元の人が食べているものは自分が食べても問題ないと考えている」(第16章)というスタンスは共感できるが、さすがに「トナカイの皮の下に寄生している寄生バチの幼虫」(第10章)を出されたら、私はとても口に入れる自信がない。
この地域に関する知識がない人にも読みやすく、しかも言語や生物名など学術的な記述もしっかりしているという点で、本書はシベリア先住民に関する優れた入門書となっている。編者らの「シベリア先住民と呼ばれる人々の暮らしと彼らの食文化の豊かさを知り、シベリアという地域をより身近に感じてもらえれば幸いである」というねらいは、十分に達成されているのではないだろうか。
(初出:北海道立北方民族博物館友の会季刊誌 Arctic Circle 99/2016.6.22)