北方諸民族についての理解を深めるために、それぞれの民族がたどってきた歴史や伝統文化についての情報を集めるのは当然だ。しかし、特に現状を知るためには、彼らが住む国全体について包括的な知識を持っておく必要があるだろう。ある国の国民である以上、その人たちの生活は、その国の政治や経済の影響を大きく受けるからである。北方地域に含まれる国はいくつかあるが、私が特に手ごわいと感じてきたのがロシアである。まず国土が広い。当館の対象地域のなかで、国別ではロシアが最大の面積を占めている。地理的に多様な環境を含み、多くの民族集団を抱えているため、全体像がわかりづらい。次に、心理的に遠い。ソ連時代には鉄のカーテンで隔てられていた国であり、現在も日本にとっては北方領土問題をかかえている相手国でもある。そのためか、何となく近寄りがたいイメージがある。
しかし、北方民族博物館の学芸員として、またシベリアで調査をしている者として、手ごわくはあっても、逆にロシアについて知りたい・知らなければならないという気持ちは強くなっていった。そうしたなかで出会ったのが本書である。
本書は、現在のロシアについて、産業や国際関係を中心に紹介した本であり、大きく「世界最大の広さをもつ国家」、「大国の切り札と課題」「ロシアの地政学的利点」という三部から構成される。タイトルに「地図で見る」とあるように、それぞれのテーマごとに色鮮やかな地図やグラフが多用され、内容の理解を助けてくれるのが特徴となっている。
第一部「世界最大の広さをもつ国家」では、ロシアが形成されてきた歴史、民族構成、自然環境、国民の経済状況など、国の基礎的な状況が示されている。このなかで「遺産ー多民族国家」の章では、ロシアの領土を構成する「連邦構成王体」や多様な民族構成の事例について紹介している。「連邦構成主体」には、民族名を冠した共和国も含まれるが、そのなかで共和国名の起源となった民族が多数を占めるのは一部であることなど、少数民族の置かれた状況の一端が推察される。
次に「大国の切り札と課題」では、特にロシアが持っている強み(切り札)と弱み(課題)について、経済的な項目を中心に解説している。「炭化水素の恵み」の章には、油田やガス田の分布図が添えられ、ロシアの石油や天然ガスの生産、開発と欧米諸国との関係などが分かりやすく示されている。
最後に「ロシアの地政学的利点」では、国際政治におけるロシアの位置づけとして、NATOやEUといった国際組織との関係、またベラルーシやバルト諸国、ウクライナなど、周辺地域との関係について紹介している。「北極地方」の章では、資源をめぐる国家間の争いや地球温暖化に伴う北極海航路の状況などが取り上げられ、北極海周辺地域における近年の国際関係について理解を深めることができる。
著者はフランスの地理学者で、特にロシアとヨーロッパの関係に関するトピックが多い。また、本書はロシア全体を包括的にとらえることを目的としているため、北方諸民族やその文化に関する記述はほとんどない。しかし、ロシアの歴史的形成過程、ロシアの産業や経済的特徴、ロシアと周辺国・国際社会との関係など、ロシアという国の全体像を知るためには興味深い本であるといえよう。
(初出:北海道立北方民族博物館友の会季刊誌 Arctic Circle 104/2017.9.22)