笹倉いる美

 

本紹介 『ヘラジカの贈り物:北方狩猟民カスカと動物の自然誌』山口未花子/春風社

 本書が紹介している狩猟民は、カナダのカスカである。著者の山口未花子さんは、狩猟民見習いとして何度もこの地に通い、本書をものした。

 カスカの人口は約2200人。アサバスカ系の先住民族であるが、近隣の北米北西海岸インディアンからの影響を指摘される。

 カナダの太平洋側から少し内陸にはいったロッキー山脈のあたりの巨大なクリスマスツリーが並ぶような亜高山針葉樹林帯、ユーコン準州、ブリティッシュコロンビア州、北西準州にその生活領域は広がっている。

 ここには、何種類もの数多くの動物が生息し、カスカの暮らしを支えてきた。ウサギ、ビーバー、マスクラットなどである。特にヘラジカは、カスカにとって何よりも重要な動物と考えられている。

 カスカの動物利用を考えるうえで特徴的なのは動物の分類である。これは二つしかない。つまり、「他の動物を食べる動物」か「他の動物を食べない動物」かである。

 カスカのもつタブーの一つに、「他の動物を食べる動物を食べること」がある。だから食料用の狩猟対象獣は、草食性の動物に限られてくる。ビーバーは、魚を食べているように思われがちだが、実際にビーバーが好むのはポプラの樹皮であり、食べてよしとなる。なかにはクロクマやオオヤマネコを食べるという人もいるが、この場合「自分が食べるのは木イチゴや草の根を食べるクマだから大丈夫」「オオヤマネコは肉ではなく鳥を食べるから当てはまらない」と説明される。鳥は彼等にとって肉ではないらしい。

 ヘラジカ猟は一年を通して行われるが、メインシーズンは夏から秋にかけてである。数日から数週間、狩猟小屋を拠点にしての小旅行のような活動になり、船外機付きの船で川を移動しながら行う。

 使用するのはライフルだ。ヘラジカは大きなものになると700キログラムをこえるので、解体して肉を50キログラムぐらいごとに切り分ける。川の近くで狩猟を行うと、解体時に水がつかえて何かと便利である。

 ビーバーの場合はライフル猟に加え、ワナ猟も行われる。同様に、毛皮獣のテンやカワウソの猟にも罠が使われる。

 ところでこうしたワナ猟は、許可書が発行されたトラップラインの中で行われる。トラップラインとは、個人あるいは親族での所有が認められている行政上の区画である。トラップライン内にはもともとの伝統的な猟場を含むことも多い。

 ヘラジカ猟では、解体後気管を木の枝にかけてくる。カスカにとって、狩猟は、単に肉を得るための活動ではなく、捕獲する動物やメディシンアニマル(自分の守護霊のような存在)との交渉事である。狩猟の成功は、狩猟者の技術や知識が動物より勝ることを示すものではなく、動物との交渉の結果、動物が自らの体を狩猟者に贈ることへの同意を示している。動物の霊が宿ると考えられる気管を残すことは、動物への尊敬を表すことであり、次回の出会いを期待することでもある。

 本書の内容は、非常にしつかりとした学術論文であるが、ヘラジカのイラストが表紙に大きくあしらわれた装丁や、写真に加え、著者自身が描く図版のあたたかさから、あまり難しく感じずにカスカの狩猟世界にはいってゆける。抑制された文体で、ごく普通のことのように狩猟や解体の様子を述べているが、実際に山ロさんから話をきくと、驚きの連続である。もっともいちいち大騒ぎするようでは、狩猟見習い失格なのかもしれない。

(初出:北海道立北方民族博物館友の会季刊誌 Arctic Circle 91/2014.6.27)

2020.5.6

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