イヌ派/ネコ派?

 

津曲敏郎

 

 ペットの双璧イヌとネコだが、北方民族にとってイヌは伝統的に労働力としての飼育であり、ペットと呼ぶならネコのほうがふさわしいのかもしれない。いや、ネコだってちゃんとネズミを退治して人サマの役に立ってきた、とネコ派は弁護するだろう。日本語でネコというのはネズミをコノム(好)からという、まことしやかな語源説もあるぐらいだ。日本語のエはaiやiaという連続から二次的に派生した母音とも見られているので、ネコのネもniaだったと考えればニャンコ同様、擬音語(鳴き声)起源とみるのが妥当かもしれない。イヌをワンコというのと並行している。

 あるモノがその民族にとって本来的なものかどうかを知るには、それを表わすコトバが参考になる。外来の事物であれば、外来語で表わすことも多い。もちろん、固有語で名付けることもあるし、固有の事物でもあとからコトバだけ外来語で置き換えることもあるので、万能ではない。そもそも「固有」と「外来」の区別自体、歴史をさかのぼるほど輪郭がぼやけてくる。アムール川流域からサハリン、沿海地方に分布するツングース諸語に限って、イヌとネコの呼び方を見てみよう。

 イヌのほうは10言語ほどからなるツングース諸語全体に同じ語根が共有されており、祖語にさかのぼる(つまり今日の各言語に分かれる前からあった)単語とみてよい。(ŋinakin~ninakin~inakin, ŋinda~ninda~indaなど、ŋはガ行鼻濁音のような音) 。その語根が日本語inuとも近い要素を含んでいるのは気になるところだ。それに対してネコのほうは、一貫してロシア語コーシカ(koshka)からの借用語である(kəskə,kəsikəなど、əは英語のあいまい母音のような音) 。と言っても、各言語がそれぞれ直接ロシア語から取り入れたとは限らず、近隣の言語を経由したり、あるいは祖語に近い時代に入った単語を受け継いだり、というケースもあろう。一般に借用の実態はなかなかに解明がむずかしい問題である。

 その昔、ツングースの所にネコを連れて来たのはロシア人だったのか、安易に断定はできないが、今やすっかり人々の暮らしの中に溶け込んでいる。ビキン川中流域の森にウデヘの猟師の案内で狩猟小屋を訪れたとき、だれも住んでいないはずの小屋からネコの鳴き声が迎えてくれて驚いたことがある。タイガでたくましく自活しながら狩猟小屋を守っている(?)ネコの姿には、森の王者トラの衿持を感じた。同行した絵本作家のあベ弘士さんが『もりのねこ』という絵本の題材にしている(工藤有為子・文、あべ弘士・絵、2010年、小峰書店)

 

※文中に発音記号を使っている部分があるので、正しく表示されないことがあるかもしれません。

(初出:北海道立北方民族博物館友の会季刊誌Arctic Circle 106/2018.3.15)

2020.3.6

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