「北方」を冠する当館にちなんで、今回は方位に関する話題を。多くの言語で基本的な方位を四つに区分するのは、自分を中心に前後左右の延長でとらえるのが自然だからだろう。現に「前」や「後ろ」という語が方位語彙のもとになっている言語もある。いずれにしても前後左右という相対的な位置関係が特定の方角と結びつくためには何らかの指標が必要となるが、太陽の動きはその代表格である。一方、山側/海側、川上/ 川下といった地勢が方位の基本になっているケースも見られるが、これが通用するのは比較的狭い地域限定ということになろう。「東西南北」を表わす単語の中にこうした基準が見えやすい言語もあれば、方位専用に熟して語源が不透明になっているケースも少なくない。日本語ではヒガシに「日」との関係が想定されるぐらいで、他の方位名の語源は諸説あるが必ずしも定かではない。
四つの方位を並べて言うときには「東西南北」と相場が決まっているが、これは中国の言い方にならったもの。中国では「東南西北」という並びもあるが、これは日本においては中国語もどきの発音とともに麻雀の席に使用が限られている。英語では、north, south, east and west つまり「北南東西」の順番で固定しているようだ。前後それぞれで韻を踏むのがいかにも慣用句らしい。これら英単語の語源も一般には縁遠くなっているが、学術的には古く歴史をたどれる言語だけに、手近の英和辞典からもいろいろな語源情報が確認できる。たとえば、southは本来‘sunside’ 「太陽の方」の語義であるとか、eastは「曙光」を表わす語にさかのぼるなど、やはり太陽に関係づけられるのがわかる。ちなみにaurora 「オーロラ」の語もeastと同源の要素を含んでいるらしい。northがもともと「左」の意味から来ているというのも、もちろん東を基点としてのことだ。
さて、標題の「北東西南」であるが、英語の頭文字をあてはめるとNEWSとなる、というのは雑学的知識として知る人もあろう。だからニュースと言うのか、というのは早合点で、ニュースはもちろん「新しいことども」から来ており、四方との一致はよくできた偶然に過ぎない。なお北方地域に関連して蛇足を加えると、日本では「北東アジア/東北アジア」両様の言い方があるが、「南西/西南」などとともに、南北を先行させるのが英語(をはじめとする西洋)式、東西が先行するのが中国式である。これも東西文化共存の一例と言えようか。
(初出:北海道立北方民族博物館友の会季刊誌Arctic Circle 107/2018.6.28)