黄金の秋

津曲敏郎

 

 「タイガ」を「針葉樹林帯」と定訳して済ませてしまうと寒々とした印象ばかりが際立つが、サハリンからアムール川流域、その南に位置する沿海地方などでは、この語を単に「森」あるいは(「里」に対する)「山」のようなイメージで使っている。常緑針葉樹のみならず落葉広築樹も含まれる豊かな植生の混合林として、多くの動物の住処であると同時に、人々にも恵みをもたらしてきた。短い夏を過ぎて森が一斉に色づく季節をロシアでは「黄金の秋」と呼ぶ。文字通り「紅葉」よりは「黄葉」がまさる視覚的な美しさだけでなく、木の実やキノコなどの森の贈り物に対する感謝の思いも込められているのだろう。

 映画『デルス・ウザーラ』(黒澤明監督、1975)では沿海地方の森がふんだんに描かれているが、なかでも印象深いシーンとして、先住民の猟師デルスがアルセーニエフ隊長と黄葉の森を歩いていてトラに遭遇する場面がある。一面の黄金色に染まった背景とトラの縞模様が見事に融け合って、まさに息を呑むような緊張感とともに森の王者の風格が伝わってくる。危険を感じたデルスはつい発砲してしまうが、そのことが彼を苦しめる。先住民にとってトラは神格化されていて、撃ってはならないとされているからだ。

 沿海地方の先住民ウデヘの古老に、なぜトラを撃たないのか尋ねたことがある。「トラは食えない」という素っ気ない即物的な答にやや拍子抜けしたが、つまりは利用価値のない、しかし危険な獣は敬して遠ざけるという先住民の知恵なのだろう。毛皮や骨(漢方薬)に価値を認めたのはいずれも外来の人々である。先住民にとって、生態系の頂点にある動物が生き延びられるということは、森が健全な証(あかし)であり、自分たちの生活の場が守られることにもつながるのだろう。

 そのアムールトラ(ウスリートラとも)は、外来の人々による乱獲や、開発による森の縮小によって数を減らし、今や絶滅が危惧されている。トラだけではない。森が失われることは、実はそこを生活の基盤としてきた先住民の伝統的文化や言語が衰退することと無縁ではない。民族の言葉には長年の生活の知恵と記憶が刻まれており、生活基盤が奪われたとき、固有の言語も存立の拠り所を失うのだ。多様な生命の存在によって保たれてきた豊かな自然のなかで、多様な言語と文化も育まれてきた。森の奥でトラがひそやかに息づいていてこそ、黄金の秋はいっそうその輝きを増すに違いない。

(初出:北海道立北方民族博物館友の会季刊誌Arctic Circle 108/2018.9.28)

2020.3.8

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