5月

 

2007年5月7日 バウの構造についての考察

少し話しを整理する。

まず、一般的にバイダルカと呼ばれるカヤックには、コディアックやチュガチの人々が作ったカヤックも含まれる。しかし、バウの形は似ているが構造は異なる事を覚えておいて欲しい。 

(参考資料 Faces Voices & Dreams/ Baidarka Bow Variations ~ John D.Heath)

次に、バイダルカの対比としてグリーンランド系カヤックが引き合いにでる事が多い。しかし、極北に数多存在した伝統的なカヤックの内、グリーンランド・カヤックの様に極めてボリュームの少ないカヤックは稀である事も覚えておいてほしい。(参考資料 Skin Boats of Greenland ~ H.C.Petersen)

さて、バイダルカの二股に別れたバウだが、三つの問題定義で話される事が多いようだ。

1.構造の特質。 2.なぜ二股なのか? 3.呪術的な意味。 である。

1.構造の特質。

一般的にはバウの下部で水を切り裂き、バウの上部で浮力を確保する。と説明されている。確かにその通りだと思う。だが、この特質はアリュートのバイダルカにだけ見られる訳ではない。

スキンの上からでは分からないが、先のグリーンランド・カヤックにも、バウは3〜4個の部材で組まれ、水を切り裂く機能と浮力を得る機能を持っているものある。

極北の伝統的なカヤックの大部分は、多かれ少なかれ、差異はあるが、バウの構造は、上記の様な特質を意識して作られていると思う。

それはバイダルカのみが持つ特質ではなく、カヤックには無くてはならない性質だと思う。

もう少し深く考えて見よう。

バウ上部で浮力を確保と説明されているが、どのような状況の事を言うのだろうか?これも一般的には追い波を受けてバウが沈むのを防ぐとある。

がしかし、追い波でバウが沈むかどうかは、バウ構造より、足先のハル形状と漕ぎ手の技量による所が大きいと思う。

バイダルカのバウは他のベーリング海域のカヤックのそれに比べると構造上強度的に劣る。非常に掘れた波に追われ、バウが水中に突っ込むと破損する可能性は極めて高いはずだ。が、しかしそれは漕ぎ手の技量で回避できる。

多少の強度を犠牲にしても、アリュートはそのバイダルカのバウに何を求めたのだろうか?

実際にカヤックを漕いで、単純にバウ浮力だけを考えた時、厄介なのは追い波より、向かい波だ。波を漕ぎ越えると、バウは波の谷に落ちる。落ちる度にバウは沈みカヤックは失速する。この状況を漕ぎ手の技量でコントロールするのは難しい。

僕がバイダルカを作り、漕ぐ中で感じた事は、そのバウ構造は、向かい波でバウが谷間に落ちる衝撃を吸収し、浮力を作り、バイダルカが失速するのを防ぐ目的が大きいと思う。

2. なぜ二股なのか

1の考えが間違えてないのであれば、アリュートのバイダルカについては、二股の方がよりフレキシブルに、バウ上部は衝撃を吸収し浮力を得る理にかなっている。が、コディアクやチュガチのバイダルカのバウ構造はその理由だけでは、わざわざ二股にする必要もないと思う。

実際にフレームにスキンを張れば分かるが、バウとスターン近辺はスキンのテンションが取りにくい。どうしてもスキンがたるみ易くなる。

二股にする事により、スキンのテンションは増し、バウの形状をよりはっきりと出せる。

もう一つ。コディアクやチュガチのバイダルカのバウ上部はかなり反り上がっている。他のエリアの伝統的なカヤックにも、二股では無いが、バウやスターンが湾曲して反り上がっている物がある。これは特定の時期、特定の風の中、カヤックを一定の方向に保持し、狩猟する獲物に対峙させる目的もある。

バイダルカのバウは歴史、地域、作り手により様々な形状があるが、(参考資料 The Little Kayak Book / The Historical Development of Kayaks ~ John Brand)

以上が、現象と経験から考察した、バイダルカのバウ構造に付いての、つたない私見だ。

さてさて、僕の知る限り、バイダルカのバウ構造について語られる、様々な見解の大部分は暮らしの気配がしない、ここからは事実、想像、混濁の世界で話をすすめてみよう。

僕の暮らす集落は人口50人のアリュートの村だ。僕の家には叔父、叔母を含め12人の家族が暮らす。村の人々は、そろそろ新鮮な魚が食べたい。僕の子供も魚をねだる。天候は目まぐるしく変わるが、明日は潮も天候も良さそうだ。集落でオヒョウの漁に出ることにした。

魚場まで5km、島と島の間の潮流は複雑だが、満潮の潮止まりをねらい、バイダルカを漕ぎ出した。漁の時間は潮止まりをはさみ2時間。潮流れを漕ぎ上っては釣り糸を流す。

考えて欲しい。この時バウはどちらを向いている?漕ぎ上る時どちらから波は来る?

また別の日、鯨が来そうだ。鯨も潮に乗り、島と島の間を行き過ぎる。村のカヤッカーみんなで鯨を待ち受け、迎え撃つ。この時バウはどちらを向いている? 

今日はあいにく鯨は取れなかった。帰りの道すがら、海上に突き出た岩の上でアザラシが昼寝をしていた。運良く僕達のバイダルカは風下にいた。

僕達は静かに素早く風を漕ぎ上り、アザラシをしとめた。

僕はそんな風に想像する。僕の私見が正しいとは思わない。ただ、バイダルカはアリュートの暮らしの道具だ。家族を支え、集落を支えるためには、他の命と共生しながら、命を養わなくてはならない。暮らしから考察する観点が必要だと思う。

アリューシャンの海は凍らない。他の極北の民より、はるかに多くの時間をアリュートはカヤック・バイダルカと海を過ごしたはずだ。

その方法をラッコやアザラシから学んだのかもしれない。僕はバイダルカの骨組を作るなかで、そう思う。僕ならそうすると思う。

3. 呪術的な意味

日本大百科全書によれば、「呪術」とは「超自然的な存在に訴えることによって、病気治療、降雨、豊作、豊漁などの望ましいことの実現を目ざした行為。」とある。携帯電話、パソコンが普及する日本に於いても、この定義にあてはまる事象は多く見られる。僕の暮らす集落でもそうだ。

秋になり、お米の収穫が終われば、秋祭りの準備がはじまる。神社の注連縄を作り、お囃子の練習をし、辻々には豊作御礼と祈願の幟がたち、その裾には猿田彦がぶらさがる。幟は神様が見つけやすいように、猿田彦は神様を集落にご案内するように。

神様がお出でになったら、お囃子に合わせ、神輿をかつぎ、お神酒を供え、豊作のお礼と、来年の豊作を祈る。

また、日本の漁船には航海の安全と豊漁を祈り「舟魂様」を奉る。

僕のような不信心な人間ですら、命を乗せるバイダルカを作る時、木に手を合わせ、お神酒を供える。出来上がったバイダルカには航海の安全と乗り手の幸せを祈り、極北のシャーマンにならい、翡翠の舟魂様を奉る(写真1)。

人は生きるなか、幾つもの不思議を感じるはずだ。人の力では如何ともしがたい、輪廻や摂理を知るはずだ。バイダルカのバウに、アリュートの祈りや願い、象徴が込められていても、何の不思議もないはずだ。

ただ、それが具体的に何なのかは、僕の経験で知る由もない。

 

2007年5月11日   スターンピースの加工

約20×28×3cm程度のスターンピースが取れる材を準備し線書きし(写真1)、ノコなどで切り出す(写真2)。彫刻刀や槍鉋で彫り込みの際を整え、四方反り鉋などで削り込む。(写真3、4)。上部の形状を四方反り鉋で整え、ほぼ中央に直径約9cmの穴を開ける。(写真5)。上の四角い穴には、スターンデッキストリンガーのホゾがくる。その下の凹みにはスターンエンドピースが組合わさる(写真6)。分かりにくいと思うので、スターン部の写真を補足する(写真7)。

写真1.檜の板目材

写真2.  スターンピースの下部は、後でキールとの擦り合わせをするので、少し余裕を取る。

写真3.  木目を読み、ひたすら根気よく。

写真4. 

写真5.  スターンピース横部。余分なところは削り落とす。だから軽く強いバイダルカが生まれる。

写真6.  前部。

写真7. SHUGANANと呼ばれるバイダルカのスターン部。

 

2007年5月15日 デッキストリンガーの加工

バウデッキストリンガー 約240×3.5×2cm。スターンデッキストリンガー 約170×4.5×2cmの材をデッキの所定の位置に置き、両デッキストリンガーの下部に、ビームその他の緩衝材の位置を写す(写真1)。

彫刻刀などを使い、凹みをほり(写真2)、緩衝材を埋め込む(写真3)。

次に鉋など(写真4)を使い、形を整える(写真5)。ただし、スターンデッキストリンガーの高さは、スターンーエンドピース近辺だけ4.5cm、その他は3.5cmとし、最後部にスターンピースに収めるホゾを作る。また、4、5番ビームの所は写真7を参照して欲しい。

各緩衝材が擦れ合うか確認し(写真6)、デッキストリンガーをビームなどに結ぶ(写真7〜10)。

デッキストリンガーが組まれたところ(写真11、12)。

写真1.  デッキビームの中心に、両デッキストリンガーを仮置きする。

写真2.3  全部で9カ所。ちなみこれは骨材だ。

 

写真4. 平銑、四方反り鉋、内丸鉋。平銑は僕が最も多用する道具だ。 写真5. 本来はもっと削り込むが、今回はカヤックに不慣れな来館者の方々も、このバイダルカに乗るので、強度がでるよう太めに削った。 写真6.  スターンエンドピース部。 . 
写真7. 4,5番ビームとの結び。ここにコックピットフープがくるので、これは仮結び。 写真8. 1,2,3,6,7番ビームとの結び。

写真9. バウピースとの結び。

写真10. スターンピースとの結び。

写真11. 必ずビームの中心にデッキストリンガーを結ぶ事。

写真12. この写真をよく見て欲しい。ガンネルの中心が沈み、前後が浮いている。

さて、このあたりまで作業が進むと、バイダルカのバイダルカたる所以が判り易くなる。船体は非常に柔らかい。それぞれの部材の数値を追いかけてもこのようには組み上がらない。

写真12の作業台の位置をずらすだけでガンネルの湾曲は変わる。作業台の位置、ビームの高さ、デッキストリンガーを何処から結び始めるかによりガンネルの湾曲に微妙に影響する。つまりこの段階である程度のキールラインが決まりつつあるのだ。

2月下旬から3月上旬にかけて、ビームの加工を紹介した。ビームは台形だが、ガンネルからビーム上部までの高さが、ここで影響してくる。

言い換えれば、それぞれの材料を選び、組合せを考えた段階で、バイダルカの形はほぼ決まる。それほど繊細な構造だ。

この記録をご覧になれば理解頂けると思うが、材の選択と組合せに実に多くの時間を費やしている。イメージが熟成する時間が必要だ。

ここまで来れば、僕の手は勝手に動く。日の出から日没まで、手はバイダルカを誕生させようと仕事する。

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2007年5月20日 キールの加工 その1

フレームの所定の位置に型枠を戻し(写真1)、裏返す(写真2、3)。

キールのラインを写し採らなくてはならないが、僕は過去に失敗したキールを当て、誤差を微妙に調整する(写真4)。

キールはバウ、センター、スターンと3分割だ。それぞれの板のサイズは、バウキール・約180×30×2.8cm。センターキール・約250×10×2.8cm。スターンキール・約160×10×2.8cm。(写真5)

キールのラインが決まれば、引き回しノコなどで切り出す(写真6)。キールの高さはセンターキール部で最低でも5cm前後は必要だ。

各キールを所定の位置に置き(写真7)、接合部を加工する(写真8)。

 

写真1.  2月18日ガンネルの加工・その3参照。

写真2.3.  フレームを置く台の位置でキールのラインは変わる。

 

写真4.  バウキールの先端が折れている。木目を読んで加工しても、扱いが悪いと壊れる。 写真5.  湾曲した、板目の檜。 写真6.  バウキールとセンターキール。
写真7.  各接合部は6cm程度重なっている。 写真8. 緩やかな曲線で合わせる。

 

 

2007年5月25日 キールの加工 その2


写真1.  吊り鐘のような形状にする。
本来はもっと削り込む。

キールの形状を写真1のように削り出す。バウキールの先端は除き総てこのような断面なる。

バウキール先端の形状を削り出す(写真2〜5)。先端部は本来、厚み1cm程度だが、今回は2cm程度に仕上げた。

出来上がったキールを組む(写真6〜10)。

さて、このように非常に深いキールも、アリュートの作るバイダルカの特徴と言えるだろう。深いキールを持つ事により、実際に海に浮かべた時、水圧でスキンのテンションは増す。また、横風の時にバイダルカの横滑りを防ぐ目的があるのかもしれない。

つまりバイダルカの形状は、海に浮かべ、バラストを積み、人が乗った時に初めて完成する。

 

写真2.  平銑で厚みと粗方の形を整える。

写真3. 丸銑でえぐる。

 

写真4. 四方反り鉋や外丸鉋で仕上げる。
写真5.  細かい所は彫刻刀、槍鉋で仕上げる。 写真6.  バウピースとバウキールの結び。 写真7.  スターンピースとスターンキールの結び。

写真8.  各キール接合部の緩衝材。この様な方法もあるし、先に紹介した、バウ・スターンエンドピースの加工その2の様な緩衝材の組み方もある。

写真9.  各キール接合部の結び。

写真10.  組み上がったキール。

  6月

 

 

 

洲澤育範 Traditional Skin Kayak, Birchbark Canoe の研究と復元をライフワークとする。 山口県在住。 EL COYOTE

平田文典(訳) アメリカ、グリーンランド、北アフリカと漂白するカヤッカー。種子島在住。