齋藤君子

ヤランガに雁のとまる時 北方民族の語り3 ~シベリアの「かちかち山」~

「かちかち山」前半

 「かちかち山」も「猿蟹合戦」同様、日本の昔話として有名だが、日本固有のものではない。日本では前半と後半がそれぞれ独立した話になっていることが多い。前半は、爺が石にトリモチを塗っておき、畑仕事の妨害をする狸を捕まえるが、爺の留守に狸が婆をだまして縄を解かせ、婆を殺して「婆汁」にし、爺に食わせるというものである。前半独立型はシベリアにも広く流布しているが、多くの場合、鍋に入れて煮られるのは魔物の子供たちで、正と負の主人公が日本とは逆転している。しかし、南シベリアのアルタイ地方に住むチュルク系のトゥヴァ民族や、中国西部のチベット・モンゴル系民族の話では、「婆汁」にされるのは日本と同じく人間である。

「かちかち山」後半

 後半は兎が狸(熊)をこらしめる「火傷の薬」「山滑り」「尻に栓」「木舟泥舟」などのモチーフの連続である。ロシア極東のツングース系民族に伝わる「狐サークル」と呼ばれる昔話群には後半のモチーフがほぼ揃っているばかりか、日本の昔話との類似はディテールにまで及んでいる。ナーナイ民族にはカラスとフナの草刈りにはじまり、後半は主人公が交替して熊と狐の争いとなり、最後は狐とキアナ婆さんの争いで終わる話がある。要約してみよう。

 

 カラスとフナがボートに乗って葦を刈りに出掛け、一緒に葦を刈りはじめるが、カラスは相棒の仕事がのろいのを見て、「葦を刈る競争をしよう」といい、負けた方が殺されることにする。カラスはシャンク、シャンクと刈り、日暮れまでに30束刈り取るが、フナはたったの10束だ。競争に負けたフナは、「殺されるのはいいが、湖のほとりにしてくれ」という。

 湖へ行くと、フナは水の中にポチャンと飛び込む。カラスがあっけにとられ、フナが出てくるのを待っていると、熊がやってくる。熊はわけを聞き、「湖の水を飲みほしてやるから、おれの尻に栓をしろ」といい、カラスに栓をさせて湖の水を飲みはじめる。フナの背鰭が見えてくると、カラスはフナに躍りかかる。

 そこへ狐が現れ、湖の水を飲んでいる熊の尻の栓を抜き取ると、熊の飲んだ水が流れ出る。

 狐が山の上に逃げると熊がそれを追い、目に膠(にかわ)を塗っている狐に出くわす。狐は、「わたしは森の狐、あんたにちょっかいを出したのは野っ原の狐!」ととぼける。熊が狐に「なぜ目に膠を塗っているのか」と尋ねると、狐は、「いい夢を見るためさ」と答え、熊の目にたっぷり膠を塗ってやって、自分は逃げる。

 熊が眠りから覚め目を開けようとするが、開かない。熊は目を引っ掻いてやっと片目だけ開け、狐のあとを追いかける。熊が山へ行くと、たくさんの狐たちが橇(そり)で滑って遊んでいる。熊が、「おまえたちはここでなにをしている」と尋ねると、狐は、「橇に乗って遠くまで滑るとどんな病気でも治る」といい、熊をだまして橇に座らせ、先をけずった棒杭を坂の途中に突き刺しておき、熊が乗った橇を力いっぱい押す。橇が勢いよく滑って棒杭に突きあたり、熊は突き刺さって死ぬ。

 狐たちはこうして熊の肉を手に入れるが、肉を煮る鍋がない。キアナ婆さんのところへ借りに行くと、婆さんは、「肉を一切れくれるなら、鍋を貸してやろう」という。狐たちは鍋を借りて熊の肉を煮、残らず食べてしまう。お婆さんに肉をやる約束をしたことを思い出し、狐たちは歯の隙間にはさまっていた肉を集めて鍋に入れ、その中におしっこをして婆さんのところへ持っていく。婆さんはいやな匂いに気づき、扉も窓も閉めきって狐どもを殴り殺し、狐の毛皮で自分の帽子と靴と手袋、それに服もこしらえる。こうして婆さんは寒さ知らずで暮らしたとさ。

 同じくツングース民族のオロチには前半と後半が結合した複合型があり、結末で狐はカ爺さんという人物と対峙する。カ爺さんとは「神話の翁」、あるいは「昔話の翁」とも呼ばれ、天界の住人とみなされている。

まとめ

 複合型はサモエド系のネネッやガナサン、チュルク系のアルタイ、北方ツングースのエヴェンキなどに流布している。イラン系のタジク民族にはたいへん興味深い複合型があり、後半の主人公が兎であるばかりか、結末には「木舟泥舟」のモチーフもあり、兎が悪い狐を泥舟に乗せて沈める。「木舟泥舟」のモチーフについては、ガナサンに主人公が舟底に穴を開けて粘土で塞ぎ、村長(むらおさ)の三人の息子たちを溺死させるモチーフがあり、アルタイには七つの頭を持ち、地上のありとあらゆるものを食う人食い巨人が現れ、狐に、「砂袋を背負って湖に入るとやけどが治る」といわれて湖に入り、溺死するモチーフがある。こうして見ると、「木舟泥舟」も日本特産のモチーフではなさそうだ。

 複合型が広範囲に分布していることは、この結合が日本に入ってくる以前にすでに発生したものであること示している。

 日本の「かちかち山」の結末にしばしば登場する爺と婆については、ツングースのカ爺さんやキアナ婆さん(カ婆さん)に結びつく可能性もありうる。兎の尻尾が短いのは、爺が投げた鉈(なた)で尻尾が切れたからだと説明する日本の語り収めは、この爺がただの人間ではないことを示しているのかもしれない。

 鍋の中に糞尿をして返すモチーフや、舵を杓子と偽るモチーフは、我が国では中部地方から東北地方にかけて分布しており、北方から伝播した可能性もある。

日本の「かちかち山」の類話はユーラシア大陸の東から西まで分布し、伝承の担い手は農耕民族、狩猟民族、牧畜民族と多様である。しかし、狡猾な狐や兎が自分より体の大きな動物を連続してだます昔話を繰り返し語る必要性を感じてきたのは狩猟民族に違いない。そうすることによって野生動物に勝る知恵を身につけ、猟の成功を もたらそうと願ったのである。

※「ヤランガに雁のとまる時」は、北方民族の口承文芸とその背景にある自然・社会・文化について紹介するコーナーです。

(初出:北海道立北方民族博物館友の会季刊誌 Arctic Circle 105/2017.12.15)

 

 北方民族の語り1 ~ シベリア先住民族の口承文芸

 北方民族の語り2 ~ シベリアの「猿蟹合戦」

 北方民族の語り4 ~ シベリア先住民族と八百万の神々

 北方民族の語り5 ~ 語りをするとき

 北方民族の語り6 ~ ふしぎの世界

 北方民族の語り7 ~ 食文化

 

 

2020.4.24

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